2018年1月6日土曜日

映画『トスカーナの休日』(2003、米・伊)

女性による女性のためのお話ではあるが男性が見ても面白い。要するに見て楽しむ娯楽が映画であるなら、これはその通りの作品。毒にも薬にもならないけれども、ただ楽しめるからそれでいいでしょ。女性監督オードリー・ウェルズが自分で書いた脚本だからきっとそう言っているに違いない。
出だしは、何やらおかしな連中が集まっているな、という感じ。15年ほど前のアメリカでは普通なのか、いまの日本の30、40代が見たらどうなのだろう。見慣れない光景なのは学生上がりのような若者の出版記念パーティーといった場面だからだろう。周りは先輩めいた年代だ。若者はフランシス・メイズ教授のお陰で完成できたと感謝する。その教授は眼の前にいる。主演のフランシスことダイアン・レインだ。
つまりこの映画は作家で大学教授のフランシス・メイズが自分の体験を書いた小説を借りた作品なので、物語の主人公はフランシスになっている。
左:原作者フランシス・メイズ 右:ダイアン・レイン

親友のパティ、アジア系の顔立ち。サンドラ・オーという女優さん、カナダ生まれのコーリアン。ベレー帽で右手にグラス、左手はチョコレート。隣にいる女性はパートナー。
男が近づいてくる。フランシスが辛口批評を呈上した相手だ。何やら意味ありげな話をして去る。夫の浮気らしい。
自宅に弁護士がやってきた。別れた夫が慰謝料請求と離婚協定の話。アパートの自宅を処分することに思い切った。生活を支えていたのが作家のフランシスだったからそうなった。段ボール三つだけにした全財産を持って移った先は離婚者収容所の異名のある粗末な一部屋。惨めだった。
パティとパートナーが食事に誘ってくれた。フランシスに気晴らしに旅行しておいでとチケットをくれる。まだそんな気分にならないというフランシスに、行くつもりが行けなくなったのだと言う。「できたのよ」「えっ、それはおめでとう!」「五度目でやっと成功したの。」なるほど、人工授精か。
二人分を1枚のファーストクラスに換えたから、ぜひ使ってと言う。「でもねぇ…。」「心配いらない、ゲイばかりのツァーだから!」
ここで暗い雰囲気だった映画がパッと明るくなる…。


行った先はトスカーナ。いかにもイタリアの観光バスらしい彩りの中は男のなかに紅一点。「ご紹介します、こちらは、フランシスさん、ストレートの女性です」農協さんの団体みたいな野暮な旗など使わない。さぁ、大きなヒマワリについてきてください。


景色の良い田舎の山野をワインを飲みながら、バスは行く。上ったり下ったり、楽しそう。
突然、道いっぱいに広がっている羊の群れ。渋滞だ。窓の外に街で見かけた売り広告の邸宅。あっ、これっ!衝動的にバスを降りた。

300年を経たお屋敷、といっても、イタリアだから石造りだ。伯爵夫人だというおばあさん。鳩のフンがおでこにかかったのが神様のお告げだそうで荒れ果てたお屋敷が手に入る。手を入れて住めるようになるまでの間にストーリーのお膳立てすっかりできあがる。
ストーリーについてはネットでいろいろ書いてあるからここには書かない。監督が考えたらしいいろんな設定が面白い。
ゲイの団体が観光旅行というのはめずらしい。だから女性が独りで混じっても安心だ、とはいい思い付きだ。
パティが大きなお腹でトスカーナへやってくる。なんでまた? パートナーがお母さんになれないと言って行っちゃった、というのはトンチンカンな話だ。笑いをとるためだろうか。
この男なら大丈夫と見極めて一夜フランシスも蘇った気分に。パティのお産で、ひと月近く逢瀬が遠のいた。郵便屋さんのスクータに乗せてもらって会いに行く。びっくりするだろうな。ワクワク…。出てきた男は何かぎこちない。と、後ろのバルコニーから知らない女性が「マルチェロ!」「そうかぁ、待ちきれなかったのね」バカを見たフランシス。イタリア男の面目躍如。イタリアは男も女もスマートですね。
いつも前後の脈絡なしで現れる大きな帽子の女性。16のとき街でフェリーニに見出されたの、と言う。『甘い生活』(1960)に出たとか自慢げだ。ある日噴水に入って踊ってる。ほかの場面にもセリフのなかに『甘い生活』のもじりが含まれているらしい。監督さんのお遊びだ。調べたらマルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エグバーグがトレヴィの泉で戯れる場面が有名だった。
工事屋が連れてきた職人がポーランド人の3人。日本式にいえばアルバイトだ。大学教授が混じっている。共産主義から逃れた難民とみたがどうだろう。この場面、大戦の間、国がなくなってもポーランド人はやはりポーランド人だったのだと妙に感心する。
そのポーランド人、若いのが農園主の娘と恋仲になって結婚すると言い出す騒ぎ。二人は片言でしかやりとりできないのに…、と日本人なら思ってしまうが、こんなのはヘッチャラ。
フランシスは改装なった大邸宅で結婚式を挙げて家族を持ちたい、といつしか願うようになった。この若い二人と頑として反対する親を取り持って結婚にこぎつけた。フランシスの屋敷で盛大な結婚式。願いは達せられたじゃないか、と真面目な不動産屋マルティーニに指摘されてハッピーエンド!?
実はこのマルティーニ、屋敷を買ったとき、途方に暮れるフランシスを励ましてくれた。「昔、機関車なんてない頃にヴェニスからウイーンまで線路を敷いた。そしたら、いまや列車でいつでも旅行できるようになった。心に思っていれば実現するものなんだよ」これがこの映画のテーマなのかもしれない。

はじめに書いたように原作はフランシス・メイズ、1940年生まれのアメリカ女性。詩人で大学教授。イタリアのコルトーナに一時移住してトスカーナの古いヴィラ「ブラマソーレ」を買い取って修復した。その回想を書いたのが『トスカーナの陽のもとで――イタリアのわが家』(1996)。ベストセラーズになった。これを下敷きにして脚色したのがこの映画ということだ。映画のエピソードは原作にあるとは限らないだろう。作家のフランシスはイタリアとアメリカを行ったり来たりの暮らしだそうだ。トスカーナが観光地として有名なのは彼女に負うところが大きい。彼女が参画したTuscun Sun Festivalは2003年が最初で、毎年盛んに行われているようだ。この映画も一役買っているに違いない。ほかにもトスカーナ関係の著述が幾つかあり、料理本まで出版されいる。
日本語の翻訳は『トスカーナの休日』(早川書房 2004年)もあるが、原作はインターネットで幾種類かの無料版で読める。
映画『トスカーナの休日』(2003、米・伊)今回見たのはわがライブラリからだが、日本での劇場公開は2004年、たぶん大橋美加がNHKFMの番組で紹介していたように思う。(2018/1)