2021年3月22日月曜日

池内紀さんのこと

池内紀さんが亡くなったのは2019年8月30日だが、ついこの間という感じがする。書物を通じて存じ上げていただけであって、もともと身近にいた人ではないから、もう会えない、声が聞けない、という喪失感はない。その語り口にはなぜか波長の合う人だった。読んだのはほんの一部の作品でしかない。まだまだ未読の作品があるから楽しみである。

自分の歳を棚に上げて失礼だが、おばあさんの方が愛読者だと投稿していたのを最近見た。温泉巡りや里山歩きなどの文章を通じて親しめて嬉しいという。池内さん良かったですねぇ。予想通りにいってよかったですねぇ。

ご自分の好きな外国の人のことを数年がかりで一生懸命翻訳しても、得られる印税はしばしばサラリー一ヶ月にもとどかない。専門のドイツ文学では小遣いすら稼げないのだ。

このように語っているのは45歳のとき東京大学教授という職を請けるにあたって10年の年期を限ったその後の方策のことである。ではどうするかと思案した結果の一つが、書くことは嫌いでなかったから趣味を活かすことだった。たとえば山歩きや温泉宿についてのことはすでに色々知っていたから、それを使おう。こうして書き出したエッセイのいくつかがおばあさん読者の嗜好にあったというわけである。池内さんにとっては温泉宿巡りも東欧圏をあちこち歩き回るのもひとしなみに価値ある「人生の休日」だった。いざ教師をやめるとなって、さしあたり三つの予定を立てた。1 カフカの小説をひとりで全部訳す。2 北から南まで好きな山に登る。3 なるたけモノを持たない生活をする。

仕事の面で選択を始めたわけだ。中心に大きな予定が入れば、その場かぎりのものはおのずからへっていく。1と2はこれまでしてきたことの「発展的延長」にあった。第二の人生だからといって、新しい人間になれるわけではない。過去とつながっており、過去を生かして将来に向かうしかない。3はまるきり逆であって、「モノを持たない」のは人間関係も含んでいる。そちらの過去とはスッパリ縁を切る。職業でできたつき合いは、友人でも知人でもない。自分のひそかなモットーにした。つまり、仕事の終わりが縁の切れめ。

こうして年期が明けて55歳、辞職願を事務に出して3月末から旅に出たそうである。生活を中断する。世間から一時オサラバをする。そのためには地球の反対側がいい。おなじみのウイーンへ行って旧友に会ったりした後は未知の街ばかり。ハンガリー、スロヴァキア、チェコ、ポーランド。どこであれ言葉が通じない。これが実に面白そうで芯から楽しんできたようだ。リュックに下着や何やかやを詰めてというスタイルは日本での銭湯巡りとあまり変わらないのもこの人らしい。

文筆業はいたってあやふやな職種であり、そもそも「業」とすら言えないが、間口をひろげておけば一応の生活はできる。50歳近くになって、そんな見通しが立ちだした。あれこれ寄り道したのが助けてくれる。どうやら人生にムダはないらしい、と書くが、相当に苦労されたはずだ。苦労を苦労と感じたかどうか、ムダをムダと思うかどうか、受け取り方をかえれば、またとない宝になる。フ~ム。やはりこの人物は人生の達人なのだと思う。

3の、なるたけモノを持たない生活をする・・・この人の家庭にはテレビ、パソコン、ケータイはない。自家用車も別荘ももちろんない。小型のラジオはあり、CDはどっさりあるそうだ。新聞もなく、たまにドイツの週刊誌シュピーゲルを買う。時代にとっくに置いてきぼりをくってるでしょうと自覚している。周回遅れの長距離ランナー、トシはとっても3年先にどんなものをつくれるか、たとえかすかであれ、自分の可能性に賭けていなくては、いきている意味がないのですよと断言する。

こんなことを書いたのは2016年、75歳ごろだろう。「記憶の海辺」は月刊誌『ユリイカ』に18回連載した文章にすこし手を入れて単行本になった。一人で全部訳した「カフカ小説全集」(白水社)の完結が2003年、それまでの肩書「ドイツ文学者」に加えて「エッセイスト」をつけることにしたそうだ。こうしておばあさんにも親しまれる物書きになったが、ドイツ文学者の池内さんは、カフカもゲーテもむかし日本人がありがたがって読んだのとは大違いなことを発見したようだ。だからこそのひとり全訳という大業を始めた。私の読んだカフカは昭和28年頃の新潮社版だった。友人マックス・ブロートが編集したとか喧伝されていたのを覚えている。カミュだのサルトルだのの実存主義とか不条理とかの言葉が流行ってその一環でもあった。池内さんが発見したカフカは「笑い」の文学でさえあるという。大学生だった私が読んだと思っていたのとは全く違っているという。だから新しい個人訳をぜひ読んでみたい。カフカだけではない、この『記憶の海辺』にはウイーンで池内さんが見出した宝物がいっぱい詰まっている。人生の達人に案内されながら再読して、こちらも宝さがしに出かけよう。いまや身体を運ぶのはままならず、ただ紙の上か池内さんの知らない電子本でしかできないが。

ついでながら氏の死因は虚血性心不全だったと聞く。病気一つしなかった氏であるが血圧が高かったらしい。人生の達人にもふだんの生活に落とし穴があったということだろう。眠りについたまま逝ったようだが年齢からは少し早すぎるのが惜しい。

読んだ本:池内紀『記憶の海辺  一つの同時代史』青土社 2017年 著者によるイラストがついている。各章にはその時代の世界の出来事が摘記されている。読み終えてもなかなか別れがたい書物。(2021/3)