脳みその普段使わない部分をたまに動かそうとしてもなかなか反応しない。先日飛行機が飛ぶ理屈を考えて以来理屈の世界に入ってしまった。物理学の池内了さんを頼ってみたものの、先様は専門家だから易しく話しているおつもりでも当方はすぐにはついていけない。ちょっと待ってもらってはアチラコチラわかりやすい説明を探してはもとに戻ることを繰り返している。インターネットで小学生や中学生向けの解説をさがしたり高校物理のサイトを読む。そのうちに記述の仕方が文芸作品や歴史物などとちがって物理学の説明には日常用語と同じ語彙を使っていても腑に落ちないことがあるのに気がついた。一つの例が音波という語である。ウイキペディア 「波動」より。
熱運動についての記述に圧力が出てきて、「どこかに圧力の高い部分ができれば、その情報は音波によって伝わる」と書かれてあった。まったく音に関係しない話題であるのになぜ音波が出現するのだろうと不思議だった。不思議は一旦お預けにして読み続けると、「圧力が高い部分ができれば、その情報は音波によって伝わる。それによって周りの部分を圧縮して広がろうとする。すると圧縮された部分の圧力が上がってさらにその周辺部を圧縮する、ということが次々空間をつたわっていく。それが音波である。物質自身が動くのでなく、圧力の高い状態が伝わっていくので波になるのだ。実際には、密度の高い部分と低い部分が交互に連なる疎密波となっている」と説明される(『物理学の原理と法則』講談社学術文庫44ページ)。
この説明は一般的に音が伝わる仕組みについて記述される場合と全く同じであるし、この内容はよく理解できる。熱運動という分子のエネルギーの動きの話の中に音波という無関係の語が現れたから当方は戸惑ったわけである。
いろいろと調べるうちに[音波]という言葉の使い方に狭義と広義があり、自分の知識は狭義のものでしかないことを知った。
ウイキペディアには、「広義では、気体、液体、固体を問わず、弾性体を伝播するあらゆる弾性波の総称をさす。狭義の音波をヒトなどの生物が聴覚器官によって捉えると音として認識する。」とある。音の話でないところに音の漢字を使うからいけない、などと文句は言うべきでない。ここは物理学の用語としてこのように表現すると理解しよう。弾性体とは弾力をもつ物質のことであり、弾性波は弾力を有する波のことだ。弾力は 押せば押し返す力をいう。空気の波や水の波にも弾性がある。
「[周り]の部分を圧縮して広がろうとする」とあるが、その記述の前に「圧力は等方性で[どの方向]にも働く」と抜かりなく説明が入っている。さらにそのまえには、熱運動が[ランダム]に起きていることが述べてある。小さい言葉が用意周到にはめ込まれているのを、シロウトの当方は翫味しないで読み飛ばしている。繰り返し読み直すたびに小さな言葉のうちにもある程度の長さの説明が含まれていることを発見した。文科系の文章ではあまり経験しない読み方の手落ちである。専門学者による物理現象についての説明文では、たとえ素人向けであっても教本であるかぎり正確であるはずだ。実はいつでもそういうふうには言えないことも知ったが、そのことは別の機会に述べる。
ネットで[波」にこだわったらしい説明を見つけた。空気や水などの媒体に圧力が加わった部分の密度を変化させるのは振動である。密度が濃くなった部分と薄い部分が交互に出現して振動が伝わっていく。「物理的な波とは、“振動している何かが空間を伝わっていく現象のこと”を指します。振動とはその場で周期的に動いているものを指しますが、その振動が空間を伝わって遠くまで届く現象を、単なる「振動」と区別して「波動」と呼びます。「波」とは波動の簡単な言い方です。」(https://iec.co.jp/media/corner/hikouki/07)
そうだった、さきの説明では[物質自身が動くのでなく、圧力の高い状態が伝わっていく]とあった。空気や水が動くのではなくて、[状態]が伝わっていくのである。波とか波動とかと聞くと水や海を連想するけれどもそうとは限らない。文字に罪はないけれど漢字のせいだろうか。英語でだってwaveは音であったり水の波であったりするが、もとは手を振ったりするという意味の動詞にあるのではないか。だとすれば波の漢字にサンズイがあるのがいけないとか文句をつけずに、言葉の用法の歴史に少しは敬意を表しておくべきかもしれない。
ところで熱運動って何でした?ということがお預けになっているが、長くなるし話が散漫になるから別の機会に考えることにしよう。
(2021/7)