2015年7月27日月曜日

年寄りにはパソコンがいいー聖母を描く聖ルカ像 トゥルネー大聖堂

年をとると今まで関わりのあった周りの人がだんだん少なくなる。長く生きるほど周りの人が消えてゆく。最後は一人だからこれでよいのだと思う。世の中全体が文字を書く、文章を綴る、手紙の往来をすることなどしなくなって久しい。現代の通信手段、スマホというものも中身は老人にはあまり用がない。Lineなどというもの、試したことはないが、一度相手につながったら切るのに困るのではないか。だからみんな画面から目を離せなくて道でぶつかったりしているのだろう。
年寄りには画面の大きなパソコンが一番いいおもちゃだと思う。
ここ何日か検索三昧で暑い日をやり過ごしている。年寄りのパソコン利用の効用は検索が一番だろう。知りたいこと、困ったこと、何でもお伺いすれば大抵応えてくれる。役に立つし、退屈しない。一つだけ大事な要点はこちらから働きかけないと何も始まらないということだ。手を束ねてボケーッと眺めているだけでは何にもしてくれない。最近の一例をここに記録しておこう。

私の検索エンジンはグーグルだ。常用しているブラウザはグーグル・クロームだ。グーグルを使ってきたのはキーワードが自由であること。話しかけるつもりで言葉を入れると、その言葉に応じて答えが返ってくる。単語でもいいし、質問文でもいい。文でなくても言葉を並べれば、何かが返ってくる。使い慣れると大変便利だ。


グーグル・クロームのトップ・ページ、この日は
スペシャルオリンピック2015夏季世界大会記念のアニメ

さて、数年前に「オランダ・ベルギー10都市周遊」というおまかせ観光のツアーに入って旅をした。自分で企画して知らない言葉をも物ともせずという勇ましい旅行に比べてラクちんの味を知って何度目かだ。下調べもなにもしないで、ただ列について歩くだけ。帰ってきて撮りためた写真を編集してアルバムに整理する、この段階が一番楽しいかもしれない。自分の眼は何をしていたのだろう。体は運んでいったが、これではバーチャル旅行ではないかとも思う。そんなアルバム整理のときにこれは何だという一枚があった。これがその写真だ。



省いてしまうにはちょっと惜しいきれいな彫像、何かいわれがあるにちがいないが、いったい何だろう、何処にあったのか。
旅行したのは2007年、カメラは当時ありふれたデジカメ、SDカードからパソコンに取り込んだ状態のままでフォルダに入っている。そのフォルダの中で撮影順序から問題の写真#0582とその前後を見ると、おおよその場所が特定できる。
トゥルネーの大聖堂参観の折、通りすがりに撮った写真だった。写材をさがして左右を見渡しながら列についていくうち、ふと目に入ったのでとりあえず撮っておいたものだった。それっきり忘れていた。

【地図を検索してストリートビューを使う】
キーワードを「トゥルネー大聖堂」で画像を検索してみる。出てくる写真はこの世界遺産の壮大な建物ばかりで問題の彫像は出てこない。同じキーワードで地図を検索してみる。グーグルマップが表示されて真ん中にノートルダム大聖堂の文字と気球型のマークがある。

マークを右クリックして三番目の「この場所について」をクリックすると、ストリートビューのサムネイルとCathedral of our Ladyという表題とPlace de l'Evêché 1と所在地名のポップアップが出る。サムネイルをクリックしてみると写真が出る。
地図をスクロールで拡大して大聖堂の形状図の外側をポイントして右クリックすると異なる場所の住所地とサムネイルが出る。rue de Vieux Marchéとあるサムネールからは複数の写真が表示される。最初の写真に見覚えのある建物が見えるので、アルバムの中の一つ前の写真#0581と照合してみる。なんとぴったり同じ方角を撮っている。そこでストリートビューで道順を追ってみると、左折した途端、あの像があるではないか。
実際の旅行で

rue de Vieux Marchéは通りの名だ、正式にはaux poteriesと続くから「昔の陶器市通り」といったところか。グーグルの撮影は2009年7月となっていて画面には工事のトラックが来ている。折悪しく修復が始まっていたようだ。
ストリートビューの写真は回転させられる。色々試してみると思いがけない展開もある。上のPlace de l'Evêché 1での写真は1枚だけであるが、手の形のアイコンで動かしたり右にある磁石の針を回転させたりして、やはり目的の像が見られる。
大聖堂の周りは古い町並みで、京都のような四角な曲がり角はなく、三角の連続の感じだ。バスを広い道路の何処かで降りて私達は狭い通りに入ってきたらしい。こうして求めた彫像は、記憶では通りすがりの道端に所在したという感覚であったが、実際は通路となっている広場のような場所の片側、レストランの前庭に置かれてあるのだった。アルバム整理のときには大聖堂の一部であるかのように思い込んでいたが、周囲の様子から大聖堂とは関係がなさそうである。

民間観光業者の案内には在住写真家の手になる作品が載せられているのもある。それらには簡単な説明が付いている。初めからそういう案内にぶつかればよかったが、ことはそんなに簡単ではなかった。通りの名がわかり、彫像の名称とかがわかればこそ文字をキーワードとして写真に至る検索も出来るわけだ。

http://www.lively-cities.eu/place-du-vieux-marche-aux-poteries-en-espace-10.htm

手がかりになる文字列がない場合には画像そのものを手がかりにしなくてはならない。最近グーグルでは「画像で検索」するアプリを開発した。試してみたがヒットしたのはオランダ語による旅行記一件だけで目的の像もあったが説明はなかった。現在時点ではアプリの開発直後のため探索範囲が広がっていないのだろうから、おいおい便利になると思う。
https://support.google.com/websearch/answer/1325808?hl=ja

トゥルネーの関連事項を調べるのにはフランス語によるのが収穫が多い。辞書がないからオンラインのラルース仏英辞書を使ってみた。
http://www.larousse.fr/dictionnaires/francais-anglais

ちなみにこういう場合には、できればパソコンが二台ほしい。一台きりではサイトのタブを切り替えたりかなり煩瑣な作業になる。

【彫像の正体】
彫像の呼び名は「聖母を描く聖ルカ」(St. Luc peignant la vierge)で共通している。観光用の写真に付けられた説明は皆簡単で統一性はない。それらによれば、作者はマルセル・ウォルファーズ(Marcel Walfers)、ただし家族名のWalfersだけしか書いていない説明もある。材質はブロンズにエナメルで彩色したものというから、日本の七宝みたいな技術かと思う。ウォルファーズはベルギーの有名宝石商の家柄らしく、兄弟商会を継いだマルセルは商売よりアーティストを志したようだが資料不足でよくわからない。いずれにしろ工芸品制作に関係した人らしい。制作年は1936年、制作の意図や私設か寄贈か、現所有者などは不明だ、というより説明した資料が探せない。だが、レストランの客だけでなく、大聖堂を訪れただれでもが鑑賞できるようになっている。そして彫像の台石には像の人物について説明がある。

「ロヒール・パストゥールまたの名をファン・デル・ワイデン、1399年トゥルネーに生まれ、1464年ブリュッセルに死す」
つまりこれはフランドルの超有名な画家ワイデンの顕彰碑なのだ。そして「聖母を描く聖ルカ」というのは単に絵画の表題ではなく、同じ着想で様々な構図の絵画が存在する。この彫像は作者Walfersがボストン美術館収蔵の同名のタブロー(板絵)に着想を得たとされている(典拠資料不明)。調べてみると、ボストン美術館の作品はワイデンの真作と確認されているそうだが、彫像の人物の位置が左右入れ替わっていたりするから、ウォルファーズのそれなりの創作にかかる作品といえるだろう。
聖ルカはフランドルの画家ギルドや織物ギルドの守護聖人であるということだ。彫像に見られる服装は医者を示しているという。ルカは医者であった。聖路加病院に名がある。これらのことも知りたいとは思うが、ちょっとやそっとのことでは片付きそうにない。多分永久に見合わせになるだろう。
絵画に関しては中世史家、堀越孝一氏の著作『中世の秋の画家たち』(講談社学術文庫)に詳しい。ウォルファーズに関してはブルッセルあたりで地元の伝記でも探さなくてはわかりようがなさそうだ。
こういうことで一枚の写真をめぐって、はからずも小さな紙上旅行ならぬデジタル・バーチャル旅行が楽しめた。今回の収穫は地図検索でのストリートビューの効用であった。
参考までに旅行業者のサイトからの英文説明を抜書きしておく。
(2015/7)