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2020年10月1日木曜日

妄言 アイドルと仏像

朝刊下部の広告欄に「NHKテキスト アイドルと巡る 仏像の世界」というのがあった。なかなかうまいタイトルだと思った。仏像も英語のアイドルのうちに入るだろうと考えたからだ。

Eテレの番組「趣味どき!」のひとつ、「アイドルと巡る 仏像の世界」は大学教授を講師に、案内役が元アイドルの女性、ゲストが現役アイドル女性の三人が組んであちこちの仏像を見て回る番組だ。初回は奈良の新薬師寺。番組紹介のNHKサイトには、「十二神将がぐるりと薬師如来を取り囲むさまはまるで、アイドルのフォーメーション」とある。日頃アイドルのステージに縁のない私はちょっと考えて、ステージの舞台構成をさしているのだと気がついた。例えばアイドルが出演するときに背景でダンサーたちを踊らせる演出の位置取りなどのことだろう。初回のゲスト・アイドルは小林歌穂20歳、存じ上げないから調べたら、私立恵比寿中学のメンバーと出てきた。なんだい、この、中学のメンバーってのは?20歳だろ?私がバアサンなら知ってたかもしれないけれど、あいにくジイサンでアイドルの歌や踊りは見ていない。わかったことは、中学というのがアイドルグループの名前だそうで、略称「エビ中」、中学生は一人もいなくて、2009年からやってると。はは~んてなところで、ちょっと時代に追いついた。

NHKプラスの動画で30分を楽しませてもらった。後半に興福寺の宝物館をおとずれて阿修羅像を見る。仏像界のスーパー・アイドルと紹介される。両側に居並ぶ八部衆はインド神話の像が仏教にとりいれられたと説明される。仏教に神が一緒にいるのは日本独特なのか、神社がお寺を守っているのは日本のあちらこちらで見かけられる。何しろ八百万の神がいるのだから、いろいろあっても当たり前だ。神宮寺という姓もあるが、これは寺と神社の関係が逆に感じられる。それはどうでもよろしい。

興福寺の仏頭の前で小林は、「圧がすごい」「顔だけなのにこんなに圧が来るものなんだ」と驚く。「圧が…」という言葉遣いは今の若者のものなのだろうか、私には珍しかった。「~に圧倒される」という言い回しを分析すれば、モノ・ヒトなどから何かを受けて気持ちなどに強く感じる現象を言うのだろうが、その原因はモノ・ヒトから発せられる何かにある。つまりこれが圧なのだ。ふ~む、なかなか科学的、論理的な言葉遣いではあるな。むかしの人は、圧倒されっぱなしで、その原因まで考えなかった、つまり情緒的だったってことかな。分析力がついた日本人は進歩しているぞ。

それにしても仏像巡りに若い女性を組み合わせるとは。たぶん刀剣女子や歴史女子のように仏像女子の存在があるのかも。近頃のNHKは視聴者の標的を広げて若者に迎合しようとしているかに見える。本質がおっさんだからなかなかうまく行かないみたいだね。何をやっても軽やかさがない。

さて、英語のアイドル、"idol" は、たとえば大島かおり訳『モモ』では神々の像と訳されている。そうなんだ、英語の"idol" には「神としてあがめられる像」という意味のほかに、"someone or something admired or loved too much"との意味もある(ロングマン、現代英英辞典 1988)。だから日本語にいう、歌ったり踊ったりしている女の子を指すアイドルは英語そのままの意味に使われているわけだ。

この日本語のアイドルは、かなり以前からあり、たとえば1970年代にもたくさんいた。天地真理、河合奈保子、渡辺真知子、太田裕美…。でも荒井由実はアイドルとは呼ばれなかったな。この時代は流行歌ではなくニューミュージックといったかな。そのあとJポップがあって、いまどうなってるかは知らない。

アイドルと言っても若い女性とは限らない。毒蝮三太夫はすでに84歳だそうであるが、お年寄りのアイドルと呼ばれている。毒蝮がお年寄りだからなのではなくて、この人の贔屓筋がお年寄りなのである。だからアイドルには年齢性別などの区別はないのだ。ふと考えるのだが、犬や猫のペットはどうしてアイドルにはならないのかな。

ところでステージで跳んだりはねたり(ここも漢字を使うと「跳」になって変だねぇ)しながら歌うアイドル・グループ、ときに握手会などやっていた。コロナの時代には厳禁だろうな。どんな野郎が来るかもわからないのに、握手してあげよう、というのは勇気があるなぁ。興行としてこんなことで稼げるのは日本ぐらいではないのかな。いや隣の国でもありそうだな。欧米にはないだろう。タレントという商売やアイドルとして売る歌手、こういうのは芸に厳しい文化圏にはない。そうですよ、これは文化の問題です。いやまてまて、政治家の水準と同じで選ぶ方の問題です。ならば文化とは言わずに民度と言おうか。日本の寄席ではつまらない噺だと、寝そべったお客は起きてくれなかった。何でもかんでも笑う客が増えて噺家の芸が粗末になった。

どうも話が嘆き節になって来たからこのあたりでやめよう。というわけで、耳が壊れてから遠ざかっていた社会の最近の一端を知ることができた。

(2020/10)


 

2016年7月13日水曜日

行く末の話

この間シンガポールの映画事情を書いた本を読んだ。紹介された作品の一つに『お墓の引っ越し』があった。内容は祖父の墓を掘り起こして政府の規定する納骨施設に移さなくてはならなくなった華人の家族の物語である。シンガポールの人口密度はいま世界一になってしまい、東京23区ほどといわれる広さの国土に500万人を超える人間の居場所がなくなってきた。重点政策の公共住宅建設をすすめるにも土地の余裕が少なく、先を見越して墓地の整理に乗り出したのは70年代初期からである。シンガポール土地収用法は強制であり、収用には反対できない。収用対価などについて訴訟が出来るだけである。土地は基本的に国のものである。映画の家族は土地の明け渡しを求められたのだ。既存の墓地は新たな埋葬が禁止され、規制に外れた墓地も15年を超えて使用は出来ない。ネット情報では、現在埋葬できる墓地は1カ所だけとある。したがって土葬が決められているイスラムの人々はここに埋葬される。

多民族が入り混じるシンガポールでの埋葬はそれぞれの宗教にしたがった習慣で行われていた。
イスラムのマレー人やキリスト教徒は土葬であり、華人も大抵は土葬であった。わずかにインド人が火葬を行っていた。

インド洋上で死去した二葉亭四迷の遺体を荼毘に付するため関係者は苦労したが、火葬の施設は見つからなかったと記録されている。わずかにインド人が火葬に使う場所という処ですませたが、ただの野外であった。
念のため付記するが二葉亭の遺骨は再び同じ船で日本に運ばれて駒込の染井墓地に埋葬された。今日至るまでシンガポールに埋葬されたと伝える人が多いのは困ったことである。シンガポール日本人墓地に記念碑が建てられたのが誤解の原因であろう。
(拙ブログ「二葉亭四迷の終焉と埋葬について」(2016411)参照)

上記映画のような政府規制の場合には掘り起こした遺体を改めて火葬するために現在では火葬場が設けられているはずである。現在、埋葬が15年期限となったために華人社会の8割ほどが火葬を選ぶようになっているそうだ。映画で遺骨は生者と同じ構造の公営住宅(通称HDB)の一劃に納められる。住宅と同じ形式の番地が振られるのが笑わせる。それにしても、遺骨の保管場所がいっぱいになってしまえばどうするのかと他事ながら気にかかる。近頃は華人の寺が民間の納骨堂を営んでもいるらしい。商売人の目の付け所は何やら日本に似ている。

いつぞや日本のある地方で身元不明の外国人が、行き倒れ人として扱われ、規則に従って火葬に付されたうえで遺骨が保管された。その直後に身元が判明したがイスラム教の人であった。縁者が役所に来て「火葬されたのでは天国には行けないのだがどうしてくれる」という事件があった。結末は忘れたが役所は規則を説明するほかなかったであろう。縁者たちの心情には同情できる。

シンガポールには明治の頃から日本人墓地があった。日本人向けの観光では「からゆきさん」の墓で知られる。この墓地は長らく日本人会が清掃などして管理していたが1973年に新規埋葬が禁止され、1987年には接収命令が来た。対応策として存続を申請したうえで整備を徹底した。申請が認められて公園法に基づく「墓地公園」として存続が決まったと記録にある。土地は30年リースで、更に20年のオプションが付いているとも聞く。

日本人墓地に関する当時の情報など当たるうちに知ったことだが、同地での一般情勢として管理者不明や刑死者などの遺骨はどうやら牛馬の骨と一緒にゴミ扱いで簡単に捨てられたらしい。

さて、ひるがえって日本国内のことを考えてみよう。葬送やお骨の問題はどうなのか。
遺骨については外地で戦死した兵隊の遺骨収集の問題が未だに事あるごとに浮上する。
ときどき考えるが、外国ではこのようなことが問題にされていないのでないか。真珠湾海底の戦艦アリゾナから遺骨を回収した話は聞かない。ヨーロッパ戦線で戦死した米兵の遺骨を収集したなども聞いたことはない。それでも国旗に包まれた柩で帰還するニュースを見た覚えはある。一説によればキリスト教が遺骨や墓を重要視しないため、外地の戦場で死ねば、そこに埋葬して墓をつくるのが普通らしい。
遺骨を故郷にかえして葬儀を営んだうえで墓におさめることに執着するのは日本人の習俗ということらしい。遺骨や墓に執着する人が多いのは、昔からの先祖を祀るという習慣が残っているからとみてよいだろう。

現在では人口が都市部に集中する一方で地方の過疎化が進む。故郷と現住地が遠く離れている人が多い。核家族が増えて親戚付き合いも減った。親も亡くなっている。お墓だけが昔のままに取り残されている。お墓の守役が老齢で足弱になってはおいそれと墓参りに行けない。参る人のないお墓は荒れ放題になる。お寺の墓地の場合には、寺側が無縁になったと見極めれば、それなりの供養の仕方を考えて始末する。たとえば、本山に集めて合同祭祀となる。けれども集められた遺骨の行き先はどうなるのだろう。いずれ本山も遺骨があふれることになろう。たとえば、粉砕して土にかえすのかと推量する。

一時期、墓参り代行しますという商売があることをよく聞いた。いまはお墓を現住地の近くに移そうという人が多いようだ。一般にお墓の移転には費用がかさむと言われる。常識的には、お寺の住職が欲張りでないかぎり、寺に支払う費用はそれなりに妥当なところに収まるはずである。掘り返して墓石や囲い石の始末をつけ、跡地を整理する作業はだいたい石屋の領分だが、こちらの費用に問題がありそうだ。現地の状況は千差万別だから、いうなれば石屋の言いなりみたいだ。

掘り出した遺骨はどうするか。これから亡くなる人にも同じ問題だ。墓をつくらない人も増えてきた。樹木葬や散骨がいまの中心世代に受け入れられているようだ。野外の墓地ではなく屋内に納骨施設を持つ寺が増えてきた。大量の区画をIT利用で管理している。呼び出し装置で映像と祭壇が出てくる。流通倉庫のシステムだ。火気厳禁でロウソクは電気、お線香はあげられない。供花は寺が用意する。だから墓参りは手ぶらでよい。建物がビルの場合もある、というより寺がビルになった。強烈な地震が来たらどうなるのだろう。瓦礫とともに遺骨が散らばって収拾がつかなくなることが予想される。そのときはそこで一切がおしまいになる。だからやはり墓地がよいと考える向きもある。だけどお金がいるなぁとなれば、上の話に戻って堂々巡りだ。
葬式を簡単にしようという広告が増えてきた。家の格式だの世間体とかは空虚なことだと、実質的な考えに変わってきたのだろう。合理的な費用ですむのは結構なことだと思う。

お骨やお墓の問題は時代の趨勢とともに変わって、いずれそれなりに片付くだろう。骨という物質から心を切り離すことができればの話だが。時間はかかる。

ところで、現実には死ぬ前の生身のほうに問題がある。お一人様世帯も多いし、老老世帯も増えた。病気になったり、骨折したりすると俄然問題が噴出する。誰が世話するか。介護殺人、介護心中など悲劇がうまれるようになった。これから益々増えるだろう。若者が親の年金で暮らしているというのも出てきた。これの増加率は急伸するかもしれない。若者の精神的な病理からではなく、経済的な環境のせいの場合がある。非正規雇用などの言葉でくくられる生活力不足問題だ。若い世代の非正規雇用で働く人は自分一人のことを処するのが精一杯だ。それが年老いた親の世話をすることに無理の元がある。せめて親世代が施設で暮らせて、子供は自由に働けるならまだ結構だが、今のところ親にも子にも問題があって片付く見通しはない。
当分孤独死、老老心中、親子心中、心中ならマシな方で殺人が起きる可能性も高い。

もう一つあえて付け加えれば人がなかなか死ななくなったことだ。年令を重ねても生活出来る裏付けがあれば問題はない。いまの公的年金では不足する。それを見越して一人暮らしを選ぶ若者が増える。少子化と口では言うが具体的に何を指しているのか、実に様々な態様がある。
保育所が足りなくてお母さんが働けないという問題もある。すべてつながっているのだ。

シンガポールの華人家庭の家事労働は、かつて阿媽がした。女性の高学歴教育に力を入れた結果、公務員の半数を女性が占めるようになったが、半面で家事労働力が不足しだした。阿媽年代が減りだした頃、近隣の外国人が家事労働に入ってきた。いまや問題は移住・移民問題になった。
日本でも昭和の頃までは女中がいたり、ねえやがいた。いまの核家庭では、祖父母もいないから、保育園が要ることになった。けれどもここで働く人が集まらない。
お墓の問題が生き身の問題に飛び火した。話が広がって焦点が変わったからこれでやめる。

この文を書きながらシンガポールの政策を少し勉強した。4050年先を考えるコンセプトプランと1020年期間を考えるマスタープランが基本にあって、後者を5年毎に見直しながら施策が進められる。組織もトップから末端まで有機的に連携している。1959年政権党PAPが発足して以来この方式で現在の状況が生まれたことを知った。政権指導者層と官僚に優秀な人材が集まっているのがこれまでの成功の理由だ。及びもつかない自分たちの國を考えて寂しさひとしおであるが、あちらも似たような課題を抱えている。自治体国際化協会(clair)のシンガポール駐在員事務所リポートが随分参考になる。http://www.clair.org.sg/j/ 参照。

(2016/7)