私的な事情で長いお休みをいただいた。今はすっかり変わってしまった環境でとりあえず新し文章を書く。
不本意な住まいの引っ越し作業の中で、ふと移動荷物からはみ出して置いてきぼりになりそうな気配の『広辞苑』が目に入った。持ち主にとっては見逃せない一点だ、そっと抱えるには重かったけれど、無事現在も手元にある。第7版、2018年刊行。
ふと思いついて、幼児から少年時代、不定期に生活を共にした祖父母の言葉遣いが折に触れ思い出される際に、日本語としてどのように扱われているか知りたくなったのがいくつかあるのを調べてみる気になった。私の場合祖父母と言えば実質的に母方のそれであり、父方は形式的なつながりであって私の成長にはほとんど影響していないという自覚がある。
ここに紹介するのはふるさと紀州の言葉である。紀州にはヤマトコトバと思われる語彙があり、また方言的な言い回しも多い。 広辞苑に採用される言葉には言い回しとしての方言は含まれないようだ。そうであっても結婚後初めて親戚の集まりに出た妻が強烈な印象をもって可笑しがる言い回しがある。~のし、で終わる話し方だ。
あのねぇ、とか、そうですねぇ、という場合の「ねぇ」にあたる「のし」だ。あのノシ…、そうよノシ…、などというが、私たちの世代では中年以上の女性特有語であったようだ。
広辞苑採用の範疇の語では、たとえば、「てんごしよすな」と祖父に叱られたときの「てんご」がある。いたずらとかふざけている場合にとんでくる。しよすなは、するなの方言だが、テンゴは歴史的仮名遣いテンガウとして広辞苑にある。おどけ、ふざけの意味で、テンゴウと書かれたこともあるらしい。歌舞伎や一代男に例多しとある。~がき、~ぐち、~ねんぶつ、~のみ、などが挙げられている。
「アッタラことした」とは祖母がよく使った。アタラの促音化した語で、漢語表記は「可惜」、惜しいことをしたとの意味だ。アタラモノ可惜物は惜しむべきもの、せっかくのものの意味だ。
最晩年の祖母は敷布団の上で上半身を起こした状態で座っていた。背中に掛け布団を丸めたのを当てて上体を支えていた。これを家族はカイモンをすると言った。カイモンはカイモノであり、支えるものをいう。広辞苑には「かう」表記は[支う]、歴史的仮名遣いでは「カフ」とあるのがこれに当たる。支えにするとの意味だ。日葡辞書の「カウバリヲカウ」、つっぱりをかう とでているのも面白い。
冬の寒い夜には夜具の中にアンカを入れていたのを思い出す。六角の筒形の木枠に宙吊りされたお椀型の火皿がある。たとえ蹴飛ばして転がっても火皿は常に上を向いているから、中の灰もたどんも無事だというなかなかの優れものである。ところで、アンカとは何ぞやと広辞苑に伺うと行火(唐音)と出た。行燈、行脚、行宮、行在所と同列の漢字「行」であった。漢字「行」の字義までは広辞苑では探り切れないが、行火の説明は炭火を入れて手足を温める道具としてあるから、火を本来の火床から移動させることからこの字を当てたと自己診断しておく。
思い出すままに調べてみたが『広辞苑』は重いだけではない。生きた歴史が詰まっている。
重さをいとわない限り楽しい道具でもある。(2024/8)